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UPDATE:2006年07月31日

Tommy Guerreroが日本でライブ三昧!!ってことで恵比寿リキッドルームに行ってきました。
トミー・ゲレロ in恵比寿 LIQUIDROOM

薄暗いホールに太いリズムが響く  手を伸ばせば届きそうなステージ  僕らは彼を待った  あの男を


80年代後半、日本には第二次スケートブームが訪れた。 アメリカでは伝説のスケートチーム、ボーンズ・ブリゲートが誕生していた。

ライダーには今も現役のトニーホークやスティ―ブキャバレロ、ファームを立ち上げたランスマウンテン。マックツイストの名付け親マイクマックギル、そしてチーム最年少でありながら独特のスタイルで見るものを魅了しストリートスケートを世に広めた重要人物、トミーゲレロがいた。

伝説のビデオ、アニマルチンでのゲレロのパートはダウンヒルやストリートスケートの映像が多く流れる様なスタイルはとにかくカッコイイの一言であった。

当時14歳であった俺はビデオを買う金が無く、友達から借り,毎日の様にそのビデオを見ていたのを良く覚えている。

ストリートスケートを世に広めたゲレロは、その後兄のパンクバンドの影響でギターを初め、メローでリラックスした心地よいリズムは音楽の世界でも才能を発揮する事になっていった・・・・。

トミーゲレロ

CDで聞く彼が奏でるギターサウンドは心地よく、時には激しくリズムを刻む。今作で4枚目のフルアルバムとなる「from the soil to the soul」を引っさげての来日だ。

ホールには彼を待つ熱気が充満し、はやる気持ちを抑えられずに真っ暗なステージを見つめたままターンテーブルの音に体を揺らす。

と、光が放たれた!沸くホール!するとステージには一人の見知らぬ男が。その男はオルガンの前に座り、いきなりどこにでもあるハンガーのコレクションを披露・・・。

「!?」。その数、およそ 8点。一つ一つ解説しながらのそれは少々待ちくたびれた僕らを和ませた。見知らぬ彼のギター&オルガンでステージが始まり、さらには日本の若きエレクトーンアーティスト・TUCKERとのセッションでホールは沸いた!DJの顔も持つTUCKERはあのHIFANAなどともコラボしている。

そして後に調べると見知らぬ男はマニーマークと判明。かのビースティボーイズに多大なる影響を与えた人物だった。もともとは大工だったらしいが、ひょんな事からビースティーボーイズと出会い、その才能を発揮することとなったらしい。

マニーショウが終わり暗くなるステージ。興奮は最高潮に達した。現れた人影に歓声が上がり、沸き立つホール!来た!彼だ!ストラトを手についに彼が現れた。トミー・ゲレロのギターショウの始まりだ!

  ドラムとベースが放つリズムに心地よいギターサウンドがのり、ホール全体に響く。そして僕らは体を揺らす。 

  ドラム、ベース、シンセ&ギター。それぞれのメンバーが奏でる音にゲレロのギターが光る。ときにかき鳴らされるエフェクターノイズに聞き入る。ときに激しく、そしてときにメローに。スケートであれだけカッコ良かったゲレロのセッションは、やはり最高だった!!









ゲレロのリズムに引きこまれるように体が動く。そして僕らが一番嬉しかったのは彼自身がとても楽しそうにセッションしていたことだ。ステージとホールがひとつになった約1時間半。彼のサウンド(彼等)と共に僕らはシンクロした。

ステージの明かりは落とされた。が、興奮は醒めない。僕らは自然と拍手をする。拍手は鳴り止まない。するとゲレロはマニーマーク、TUCKERらと共にステージへ。3人がこの日最後にして最高のセッションをくれた。

その場所にいた僕らは言うまでもなく、最高のひと時を過ごした。

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