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UPDATE:2009年06月10日
大田区が誇るスケート界の兄貴的存在のカレー君。スケート伝道師としての彼の人となりに迫る!
Text by : K74

大田区が誇るスケート界の兄貴的存在、CURRY

■CURRY(カレー)君一口メモ:富田誠。城南島公園公共スケートパーク建設に関わり、その後も城南島スケートスクールを毎月開催。
AJSAでの活動や、世界のAKI・AKIYAMA氏などとの関係を楽しく語ってくれました。 
JR大森駅そばに移転し、リニューアルしたショップ「fifty fifty」のベンチでひそかにインタビュースタート!!

:結構前から気になっていたんだけど、カレー君って何でカレーって呼ばれているの?
:僕はひねくれ者でねぇ。俺達が中学校の時にスケボー流行ったジャン? 同じ中学にスケボーしている友達が10人ぐらいいたんだけど、俺達ジャンプランプ世代だから、その友達は中学の裏の道路とかだけでスケートしてて、でも俺はどうしても彼らと滑る気がしなかったの。
平和島に“太陽の広場”って言う、その当時年上の有名なスケータが何人も来てた公園があってさ、俺はそっちに興味心身だから近所の彼らと遊ぶんじゃなくて、一人でそこに行き始めたんだよね!

学校終わってからすぐ滑りたいんだけど、腹ペコペコじゃん? プッシュで行ってたんだけど、途中の商店でカールのカレー味を毎日買ってたんだ。
昔のカールってさー、腹いっぱいになったジャン?(笑)量すごくて、今みたいに空気パンパンじゃなくて。あんなの食ったら腹いっぱいになっちゃうんだよ。

毎日カールのカレー味買って「今日も滑らさせて下さーい」って言いながら通ってたんだけど、そうしたら 「君、毎日滑りに来て気合い入ってんねー」「毎日一緒に滑ってるんならアダ名が必要だ」って話になって、いつもカールのカレー味を食ってたからCURRYになったわけさ。

:そうなんだっ!?そこからなの!?(笑)

:そうなんだよねーー。あははは(笑)

:そこから ずーっと スケート三昧だ。

:モチロン!まぁ、長げー事やってますわ〜。あんまうまくネーけど(笑)

:そこからスケート初めて、RIKIYAとはどこで出会ったの? 

■RIKIYA一口メモ:ROOTS SKATEBOARDSのライダーにして、ある時はDJサイコグラインド、またある時は世田谷公園スケートスクール校長として昼と夜の顔を阿修羅マンのごとく切り替える愛すべき漢(おとこ)。 (下写真/左 RIKIYA 右 CURRY)

RIKIYA

:17歳?16歳かな〜〜?出会った当初、俺はDJ DRAGONさんとかと遊んでいたのよ。原宿のZENモールであの人が働いていて、皆で一緒にスケートしたりして。
当時、渋谷の危ない人がいてさ、その人に頼まれて一日だけ事務所の留守番していたんだよね。そしたらみんなが迎えにきて、「今日はとあるマンションで、女子大生の誕生日パーティーがある」っていう話しになって。

「おーいいね、行きましょう」っていう事でマンションに着いたら、原チャリにスケボー積み込むスケーターがいたのよ。こっちもスケーターだからさー、 「おーい スケーター君〜〜どこ行くのよ?」
「世田谷公園でーす!!」 とか言って。

「俺たちもスケーターだし、いつでもスケートできるから、もし良かったら今からパーティーに来ない?」
って誘ったのがRIKIYAだったんだよねー。でー、飲んで。泊って。

「駅まで送るよ」って一緒に帰ったんだけど、RIKIYAは中目(中目黒)の坂の中腹のマンションに住んでいて、「ここちょっとダウンヒルしていこーよ」 「いいねー!」みたいな感じでさ、そこでいきなりスケートして「ヤべーなー!」「面白れーなー!」ってさらに意気投合したんだよね。
そしたらRIKIYAが「CURRY君さー、ちょっと 家来てよ。見せたい物があるんだよねー」 って宝ものとか見せてもらったり、キャラも面白かったり、腹も割って話してくれたし、「これから一緒に遊ぼーぜっ!!」って事になって、それからずーと遊んでいた。

通っていた専門学校も近かったから、よくRIKIYAの家行ってたりして、中目に入り浸っていたんだよね。そんでRIKIYAはアポロ(伝説のカラオケBOX)で働きだして、「CURRYも一緒にやろうよ」っとか言って俺も一緒に働いていたんだよね。だからRIKIYAとの付き合いも長いんだよ(しみじみ)。

:そうだねー。(しみじみ) 俺もアポロに行っていたから、当時も会っていたかもしれないね。
じゃあROOTSっていうか、AKIさんとの出会いは?

■AKIYAMA兄弟一口メモ:ROOTS SKATEBOARDSを1994年に誕生させ、日本にスケートボードを根付かせるべく活動を続けてきているパイオニア。AKIさんは日本プロスケートボーダー第一号で、日本スケートボード協会の初代会長。兄弟そろって名実ともにスケート界の重鎮である。

AKIYAMA兄弟

:最初はねー、KATSUさんなんだよねー。AKIさんもKATSUさんも“THE SURF SKATEBOARDS TEAM”(1971年からカルフォルニアのサーフカルチャーを伝え続けているサーフショップ)から表舞台に上っているでしょ。俺もTHE SURFのスポンサーが付いていたんだけど、そこのオーナーからAKIYAMA兄弟という絶大なる人たちが居るって事を聞いていて、同じチームだってことで紹介して貰ったんだよね。

で、凄くKATSUさんに可愛がって貰っていて、俺は20歳ぐらいの時にはスケートショップを持ちたかったのよ。その頃は現場監督のサラリーマンをしていたんだけど、KATSUさんが「職が違うけど勉強為に俺の仕事を手伝わない?」って言ってくれたんだ。

THE SURFの商品ってBe in Works100%だったんだけど、「委託管理が必要だから、CURRY全部やってくれっ」みたいな感じで、金の計算・商品管理・どんなものがどれだけ動くかって言う、お店の擬似体験をKATSUさんが俺の為にさせてくれてた。

その仕事ぶりが好評だったのかな? 「CURRY君、サラリーマンを辞めて俺と一緒に働こう」ってKATSUさんに誘われたんだ。
(写真 左:KATSU AKIYAMA / 右:AKI AKIYAMA)

その時ちょうどGlobe Shoesが日本で展開して行くっていう時で、Globeって会社がデカイから、“日本で誰に任せれば間違いないか?”、“物を扱ってスケートボードを広めていくって事で誰が一番いいか?”って事でKATSUさんが選ばれたんだよね。
でもKATSUさんは「俺はBe in Worksがあるから、俺の代わりにCURRY君が会社やってくんねー?」って引っ張られてGlobeの社員になったの。で、その後に自分で独立してスケートのお店出そうって事になったのが30歳の時なんだ。

:それがfifty fiftyなの? (ドッグサロンとスケートショップ&カフェBAR)

:そうそう、KATSUさんが俺の人生を凄く左右しててさー、初めてお店出したって感じがしないくらい本当によく勉強させてもらった。
KATSUさんの所で勉強させて貰っていた時に「ちょっと取っ付き辛い人だけど、紹介したい人がいる」って言われて紹介されたのがAKIさんだったのよ。

その時のAKIさんは焼鳥屋さんとかやっていてさ、意気投合してちょくちょく飲み行くようになって、また仲良くなって。
(写真:AKI AKIYAMA)
:CURRY君とAKIさん仲良いもんねー。
:あはは、そうだね(笑)
:なんかスペシャルな関係を感じる!
:うん。あはは(笑) スケボーとか関係なくても手伝ってくれたりとか。
今回の移転でペットサロンは自宅で営業するんだけど、明日は自宅で犬のトリミングを出来るように改築したいんだよね。水周りを改善するっていう事でニトリに行って19万9千円のキッチンを買ったわけよ。でもCMとかでもやってるあのキッチンは取り付け費が25万円なんだって(笑)。
19万9千円で買ったのに、それより高い取り付け費を払いたくないでしょ?!
で、「自分で取り付ける人もいるんですか?」って聞いたら「たまーーーに、稀にいますよ」って言われて、じゃあ俺にも出来るなって思った。(笑)
たまたまAKIさんに「CURRY君、明日何やってんの?」って言われて、「キッチンの取り付けですよー!」って答えたら、「じゃー俺も手伝ってやるよ」って言ってくれて。俺の家の事とか普通に手伝ってくれるんだよね。すげー優しいのよ。

こないだはAKIさんの母ちゃんの86歳の誕生日でさー。よく飯食わしてもらったりとかしているからお祝いしに行ったんだけど、スケボーとかじゃなくても人間として付き合いが深いから、良い関係だよね。
:良い関係だねー本当。
CURRY君は“スケートスクールのインストラクター”を指導するインストラクターをしているけど、AJSAとはどういった関わりなの?

■AJSA一口メモ:1982年に設立された日本スケートボード協会。2003年に公認プロ制度が廃止されオープン化されたが、現在プロ制度が復活し新たな制度で再始動。

AJSA

:元々大会のジャッジをやらしてもらって8年ぐらい経つかのかな?
AJSAは非営利団体だからさー、みんなボランティア精神なんだよね。ギャラつったって交通費ぐらいしか貰えないけど、「スケート産業にいる」とか、スケートを揺るぎなく好きな人ばっかりが集まっているわけ。
“大会を運営する”とかそれぞれ担当があるんだけど、その中の一人として俺は「これからスクールって事を充実させて行かなければならない」っていう事で、やって貰いたいって選ばれたんだよ。
:最初はみんなジャッジやっている人が多いんだ?
:そうそう、みんな初めはジャッジを任されていって。

:CURRY君はインストラクターの講師として活動していて、ジャッジはもうやっていないの?
:いや、ジャッジもやっているけど大会って日曜日ばっかりじゃん。俺らがやっているスクールも無料でしょ(城南島スクール)。ジャッジもそんな感じだから要請されたやつに毎回行っていると、お店が運営できなくなってしまうから断ったりもしている。
でもやっぱスクールは充実させないといけないからさー。スクールを運営している人や運営しようとしている人は例題がないと「何を教えたらいいのか?」っていう所で、実際自分がスケートをやっていたとしても、「本当にこれでいいのかな?」って迷ってしまう。そういう時にインストラクターへの講師活動があれば、その人達もやりやすいじゃん。

(カレー君も参加する世田谷公園スケートスクール)

そういう環境を作るっていうのもAJSAの指名だね。この間で5回か6回目なんだけど、最初はやっぱり城南島がきっかけなんだよねー。東京都で初めてスケートボードにお金を出したパークだから、作っただけじゃなくて「その後のアフターフォローも必要だよね」っていう皆との呼吸の中で、スクールを始めたのが早かったわけよ。
スクールを先駆けてやっていて、一番実績があるのは城南島だろう、っていう必然なんだろうな・・・。

■城南島スケートパーク一口メモ:2005年にオープンした公共スケートパーク。フェンスに囲まれたストリートセクションと共に7フィートのミニランプが鎮座している。

城南島スケートパーク

:城南島にパークを作るとか、スクールをやるとかっていう活動の特攻隊長はCURRY君なの?
:そうだよ。城南島はもちろんみんなの力で出来たんだけど、代表を務めてたのは俺なんだよね。
区に掛け合ってOKが出たんだけど、海浜側は東京都の土地で、大田区がOKしても東京都がOKを出さないと出来ないから、都庁に行って掛け合って城南島スケートパークが出来たんだよ。

(城南島スケートパーク)

城南島パークが栄えたり、ちゃんと使えていれば後に続く2個、3個目はやりやすいじゃん。せっかく皆でつくったんだから、城南島はそういった時の模範になれるようにスクールやったり、マナーも良くしたりってことを心掛けようねって仲間とやっているんだけどね。

:大田FESTAの時の大田クルーの人たちでしょ?
: そうそう。みんなの理解と共に出来ている。都知事が石原さんになった時に、「内陸でやりずらい事を海浜地域で積極的にやってもらおう」って事だったんだよね。
例えばドッグランにしても、犬の匂いだったりとか、スケートボードは音がうるさいとか、そういう都の意向にちょうど合致した時だったんだ。
(右写真:大田フェスタのスケートボード区画)

大田区で98年から署名活動して、スケーターだけの理解じゃ駄目だろうって事で2000年から大田フェスタに出してもらえるように議員さんに呼びかけて、一般の人にもスケートに触れてもらえるようになったんだ 。

皆で署名を始めた時も大田フェスタの時も好きが高じてやっちゃったみたいな(笑)説得力はないんだ、周りに対して。

:そっか。やっちゃえって感じだもんね。
:うん

:今後の活動とかは?
:まー、パークを実際にメイクしてるじゃん。 東京都、大田区との摂政の形も出来たから、スクールをやりたい・作りたい・活動したいと思っている人達の力になれればいいと思っているよ。

ても実際どうやっていいのか分からない人たちもいるでしょ。世田谷公園の会議の場にもなるたけ出るようにはしてるんだけどパークを作りたい・スクールをやりたいって人の力になれればな〜と思ってる。いっかいメイクしてるからね!

:うーん かっこいいねー
:うん、かっこいいねー(笑)
でもねー、40?あと5年後ぐらいに自分で穴掘ってBOWLを作りたい。
:やばいねー、CURRY BOWL!! もちろんカールの形をしているんでしょ?(笑)
:もちろん!! あははは(笑) 滑る事もそうなんだけど、色んな意味でスケーターの役に立ちたいね。スケートボード本当に良いからさぁー。楽しいし。
:間違いない!!
:間違いない!!

新たにオープンしたスケートショップfifty fifty。 その緑のテントには大きく「Skateboards Shop」の文字が。これは一般の人にもスケートショップってこんな感じです、とアピールする為にあえて書きこんだ物だという。
自ら手掛けた店内にはお気に入りの建具が使われ、所狭しとスケートパーツが並ぶ。カウンターの奥には少し大きめな作業台とボーリング冶具が。「スケートショップなんだから、いじってなんぼっしょ!お客さんの不快感を取り除ぞいたり、やりたいって事はやってあげたいんだよね」と子供のような顔で話す。

この日も多くの知人やお客さんが訪れ、賑わいを見せていた。ROOTS SKATEBOARDSのチームモデルの開発・テストも行うCURRY君はスケートから人生の相談まで何でもござれだ! 
ぜひ一度足を運んで欲しい。

城南島スケートボードスクール info
毎月第3日曜日13:00〜15:00
無料ですが雨天中止 講師:ROOTS & fifty fifty Riders & OTSC


■今回の関連WEB
fifty fifty Skatebord Shop
ROOTS SKATEBOARDS
明治製菓(カール)

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